物が環境を意識させる

IMG_43792018年、昨年蒔いた種が芽を出し始め、バタバタと2ヶ月が過ぎ、3ヶ月目もすでに10日目です。

医療とデザインという分野を横断し始めて早7年。
特に今年は、診療報酬の改定があり、益々医療が日々の生活と密着していきます。
そしてそれは、生活の仕方や、死生観をもキチンと意識し共有していくことがとても重要だと思っています。
その上で、住宅とは?日常の道具とは?学校や地域のコミュニティは?エネルギーや食は?高齢者対策は?全ての横軸をつないでいくのは、デザインだと考え、日々モヤモヤとしながら取り組んでいます。

私の大学院での研究が「物」と「環境」との関係性でした。
その間には「人」が収まることで成立する訳ですが、我々の身体感覚を通して、物が環境を成立させる、、意識させる。という事です。

物は、饒舌に所有者を語ります。

所有に至るプロセスや所有している物を見る事で、所有者自身を想像させてくれます。
アパートやマンションの扉は、皆同じでも扉を開けると、すべて違った借主の環境が垣間見られます。まさに所有している「物」達が環境を作り、その所有者の生活を通して所有者自身を表すのです。

今後の医療への取り組み、物と環境との関わりが、住環境や地域環境…生活自体を作っていく。。とても面白い時代に突入してきました。

冬の佐久平

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冬の佐久平は、痛い、、そんな表現をご近所さんより教えられたのは、完全に移住する前の年でした。
当時は、週末だけ佐久平で過ごしていたのですが、それでも日々寒い、、という感覚がありました。

そして、昨年から今年にかけて、佐久平での冬の日常を味わいましたが、なんとも身体というものは、環境に慣れると言いますか、仕事で東京に移動すると、東京が暖かく感じられるくらいに佐久平の日々の痛いほどの寒さに慣れてしまったようなのです。

日本人は、屋根を支える柱梁と建具が構成する住まい環境の中で、内と外をつなげたり閉じたりしながら、30度程の気温変化の中で生活をしてきました。
それは、1年、12ヶ月の中で常に、気温変化に対し体が環境に適応しながらの生活でした。
だから、暑くなったら、風を通したり水をまいて身体の周りの温度を下げたり、食べ物によって身体を冷やす工夫をしてきました。
反対に、寒さに対しては、風を遮断し、四肢の元を温め、手のひらや足先を火に炙り暖を取る。そして、食べ物によって身体を冷やさない生活をしてました。
こういった生活のマイナス部分をプラスに転じる日々の工夫は、人々の身体を通して、知恵となり受け継がれ、変化する環境に対し、寄り添う事で、環境に慣れる身体作りが出来て来たのだと思います。

現代では、エアコンや高気密住宅が、年間を通して一定の快適環境を提供し、コンビニやマーケットが、食材から何でもそろえ、24時間サービス提供をしているので、特に何も工夫せずとも、年中何となく快適に過ごせてしまいます。
それは、自分で生きているのとはちょっと違って、作られた環境に生かされている日々だと思っていました。

佐久平に移住した理由のひとつに「四季がハッキリとしている」ということがありました。
ハッキリとした四季の中で、自然とどう対峙するか?どのように対応し生きていくか?こういったことが身体に心地よい負荷を与え、生きていく為の知識と、そこから生じる知恵を自身の身体を通して日々の生活を積み重ねていくことで、より表現の幅が広がるのではないか?という思いで過ごしています。
表現とは、自身の内部から生じ、内部の経験を元に判断、決断を行う事で、より独創的な今までにない伝達方法が形に成るものだと思っています。
ですから、絵画や彫刻、音楽や映画、文章やデザイン、建築でもそういった独創的な伝達方法の模索が、日々と直結しており、常に肌で感じ、自身の頭で考えること、、それを続ける日常こそが、今の僕の目標だと思ってます。
もちろん、日々様々な方々に出会い、会話をし、、いろいろな影響を受けることもとても大切です。
ですので、この佐久平のハッキリとした四季の環境と、東京と行き来出来る距離。偶然から手に入れた日々が本当に大切な毎日となっているのです。

ですので、冬の佐久平という環境は、夏以上に、大きな糧を与えてくれているのです。

夏の佐久市

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2017年が明けて10日間が過ぎました。そろそろ休みボケから脱し、仕事に取り掛からないといけない日々でございます。
昨年末からの年末年始は、娘が生まれてから初めての、家族一緒のんびりとした数日間を過ごせました。
初の冬の佐久平を過ごし、その事を書かなければならないのですが、冬を語るには、まず夏を語らないと始まらないことに気がつき、時期逆転の先ずは、「夏の佐久平」です。

夏の佐久平は、本当に過ごしやすく、我が家の周辺には、水田が広がり、蛙が大発生するので、おそらく、ボウフラの段階から蚊が根絶やしにされるのか、ひと夏で、蚊に遭遇したのは、なんと2回ほど。
ベープマットや蚊取り線香など東京から持ってきたアイテムも活躍する事なく納戸に仕舞ったままとなりました。
そして、浅間山、蓼科山を眺望する事ができる開けた地形に吹く風と、周囲の水田によってとても過ごしやすい環境が作られます。
気温は、佐久平駅周辺よりも1〜2度程涼しくなります。

ペット可の戸建賃貸物件、、
そんな物件が殆どない長野県で、奇跡的にも偶然に見つけた物件でしたので、即決でした。
我が家は、以前水田だった場所を農地転用し、12棟の庭付き戸建住宅が建設された集落の北東の一番端を賃借しました。
道路沿いの角地で、道行く人々が我が家の食卓から見えるので、窓越しにご挨拶など交わせるとても素敵な環境です。

この12棟には、東京からの移住者が我が家を含め4世帯。
東京からの別荘として週末に来られるご家族が1世帯。
ご夫婦で、東京と佐久平を毎日行き来されているご家族が1世帯。
元々長野県内にお住いのご家族が5世帯。
特に、東京からの方々に移住当初からお世話になり、その後もずっと仲良くしていただいております。
そんな移住組の方々は、我が家を除いてご高齢のご夫婦です。
お仕事を退職され、その後の人生を好きな事など行いながら佐久市で過ごされております。
一年を通して、本当に夏と冬が全く違ったライフスタイルになる環境なのだと感じることになるのは、このご高齢の方々によるモノが大きかったです。

夏場は、周囲の方々と本当に密にご一緒させていただきました。
畑や、菜園など日常の情報共有から、食材の交換、バーベキューなど含めて、とてもアクティブです。
バーベキューでは、車で20分ほどの田中駅付近にあるお肉屋さんに食材を買いに行きます。まとめて買うととても安く、しかもとても美味しいお肉が取り揃っています。

庭もそれぞれが塀などで囲われているわけではないので、とても緩やかに繋がっており、誰かがバーベキューをしていると、何となくお酒や食材を持って参加ができるような、、集落全体がひとつの家族のような繋がりが感じられます。

周囲は、心地よい風が緩やかに流れる、本当にのどかな夏場を過ごすことができました。
こんな状態が、5月末から9月末頃まで続くのです。
さて、正反対ながらも何とも味のある冬場の生活に関しては、また改めて。。

佐久の冬支度

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佐久平に移住して、早9ヶ月が経ちました。
ここ数日、浅間山の雪も段々と根が張って来ました。

この時期は、冬に向けて準備を…などと言っているようでは既に遅く、車のタイヤはスタッドレスに替え、庭の草木もコモを巻いたり、藁で防寒したり、室内ではストーブを出したり衣替えをしたりと、、何かと、するべき事が、11月の頭頃から始まってきます。

さて、スタッドレスタイヤですが、早めに履き替えないと本気で死にます。雪は少ないのですが、朝夕の路面凍結、、これが恐ろしいのです。
そして防寒具、、東京での寒さ対策とは、全く違います。
ちなみに、長靴ですが、安易な靴下だけで長靴を履くと、つま先がジンジンとした痛みを生じ、骨の芯から打撃を受けます。
佐久の冬は、痛い!これは、ご近所さんからのお言葉でしたが、最近は、本当に痛感しています。

年間通して出張が多いのですが、今冬の主な出張先は、、、北海道室蘭市、福島県郡山市、、それに東京と、北のほうの出張がが多く、北から東京に戻ったり、佐久平から東京へ出ると、かなり暖かく感じています。

基本は、最低限の暖が取れる服装にし、インナーやアウターをひとつプラスする事で解決するような状態を作る事が大切ですね。

服装に関しては、また改めて別の機会にまとめようと思ってます。

干し柿

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これも、佐久平に移住しなければ全く縁遠かった事です。
ご近所さんから渋柿をいただき、作り方を教わってのチャレンジでした。
一昨日、ひとつ食べてみましたが、干し芋にも似た素朴な甘みがとても優しく、なんとも冬の訪れを感じられる味となりました。
現在出張中なので、出来上がった干し柿の画像は、また改めて。。

その土地で獲れたものを、その土地で、、

IMG_1989.jpgその土地で穫れたものを、その土地で食べる…。
そんな簡単な事がなかなかできませんでした。

東京での住まいは、2世帯住宅を設計し住んでおりました。
1階部分を、土地に対して可能な限りマックスな面積を取り(間口6m×奥行18m)横の移動を基本とする事で、車椅子動線や介助、介護のしやすい間取りにし、両親と障害を持つ兄が住みます。
2階3階部は、我々家族が住まい、1階の半分の面積(間口3m×奥行15m)を縦につなぎ、縦型2層のワンルームにする事で、住宅密集地を少しでも緩和し、近隣住居や目の前の幅4mを切る…いわゆる2項道路に対し、風や光が抜ける構成に設計しました。
その2階部の広場スペース(間口3m×奥行18m)では、プランターで野菜など育てていたものの、気持ちもあまり乗らずせいぜいプチトマト程度の試みでした。

佐久平での住まいは、木造2階建の戸建賃貸。庭付きです。浅間山と蓼科山と両方が見える位置にあり、周囲は田が広がっているとてものどかなロケーションです。
庭が広いので、3月の移住から様々な野菜を育ててきました。
プチトマト、ナス、ピーマン、ゴーヤ、ネギ、オクラ、大根、キャベツ、キュウリ
プチトマトやピーマン、ナスなど未だに収穫できます。

また、車で20分のところの大きな畑を借りました。
こちらは、200坪で年間5千円。ものすごくお得です。すぐに契約したのですが、仕事が東京との行き来もあり、後々大変な思いをする事になりました。
とにかく夏場は、雑草が生えてきます。尋常じゃないくらい生えてきます。ですので、野菜を育てる時間より草刈りをする時間の方が遥かに掛かってしまいます。
最初の頃は、混合ガソリンで動く草刈り機を購入し、楽しんで草刈りをしていたのですが、、だんだんと嫌気がさしてきます。
1週間も草刈りをしないと、さあ大変。。
3週間で、腰のあたりまで雑草で埋まり、1ヶ月も放置すると身長程度まで伸びる雑草も現れます。

結局、200坪のうち、2坪程度で、、ジャガイモ、ニンジン、オクラ、トウモロコシを植えたのみ。しかもトウモロコシに至っては、あと1週間で収穫となったその隙に、何者かによって…おそらくハクビシンか狸です…全滅させられてしまいました。

農業を舐めてました。。ホントウに。。。。
しかしながら草刈りに行くのに車で30分は、本当に辛くなってきます。。
これもいい勉強になったと、来春からは、近所のもっと小さな畑を借りられるよう近所の方にお願いをしました。

そして、キチンと、植える野菜も計画立てて取り組む事が大事ですね。。いや、何事にもあたりますが。。。

ただ、佐久平に移住し、その土地で穫れたものを、その土地で食べる…という事への取組みができた事、様々な事が勉強になり、来年につながった事、本当に大きな事です。

佐久と東京の行き来「移動手段」に関して

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今回の移住計画と今後の自身の価値観において「移動手段」とは、とても重要な意味を持っており、この半年間は、毎回実験でもありました。
その結果、今回の移動生活が、自身のクリエイティビティの形成にとても大きな役割を担ったと感じています。
その事については、また改めて書きますが、今回は、移動手段においての具体的なお話です。

 

自宅は、佐久平の駅から車で20分程のところにあります。ちなみに歩くと2時間くらいなので、それも有りだと思いますが…真冬と真夏は死にますのでオススメできません。
最寄りの駅は、JRや私鉄が全くないので、佐久平駅。車がないとかなり不便です。
しかし、自宅から歩いて10分のところには、24時間のマーケットやコンビニ、コインランドリーや道の駅が国道沿いにまとまっており、非常に便利です。

そんな自宅2階に小さな仕事場を設けているのですが、クライアント企業など東京での仕事も多いので、新宿区早稲田の知り合いの<a href=”http://reflexion.jp&#8221; target=”_blank” title=”オフィス兼ショールーム”>オフィス兼ショールーム</a>を一緒に活用させて頂き、そこを東京のプラットフォームとしています。
基本的に月曜日の朝に東京に向かい、水曜日か木曜日の夜に佐久市に戻るという生活です。

佐久市と東京との行き来ですが、、まずは、佐久平駅まで車で20分弱。
佐久平駅には、駐車場が幾つかあります。私は、駅の横にある第二駐車場の年間契約をしました。

月額¥9,000-。年間¥108,000-。

契約をしないと一泊¥900-ですので、ちょっと割高になります。駅からもう少し離れると月額¥6,000-というところもありましたが、行き来の際に荷物など多くなることもあるので、できる限り駅から近いところ…とし、思い切って契約をしました。
しかし、実際に半年動いてみた結果、高速バスを利用すると駐車場のチケットをもらえるので、来年からは年間契約をしない方針でいます。

佐久平駅から都心へは、新幹線とバスとふた通りの選択肢があります。
新幹線だと1時間10分程で、¥6,540-(自由席)/片道、バスだと2時間40分程で、約¥2,470-/片道、程度。
ちなみに、新幹線は、スマートフォンの駅ネットで予約をすると、指定席で¥5,550-です。
また、最近の高速バスは、トイレも付いていて快適だし、2時間40分の中で、仕事も出来るので好都合です。
スマートフォンから予約、支払い、座席指定まで出来るのも非常に便利です。

そして新宿駅にバスタがオープンしたのは、画期的な事です。
なにより、JRとの接続が楽な事、髙島屋と直結しているので、東急ハンズに直ぐに行き来出来る。
バスタの1Fから新宿駅南口にかけての飲食店なども魅力的なエリアです。

佐久平駅から出発する高速バスは、JRバスだと新宿駅のバスタに終着します。
東京のスタジオが新宿区早稲田なので、これも私にとって好都合なところでした。
ですので、高速バスでの移動が多くなりました。急ぎの時は、必然的に新幹線となります。

佐久平の自宅から都心への移動に関して、当初色々と心配だった事も、蓋を開けてみれば、バスタ開設のタイミングなどもあり非常に恵まれておりました。
当初は、小布施や高山村など北信への移住も検討していたのですが、佐久市で本当に良かったと思っています。
それは移動に関してだけではなく、周囲の集落、12棟の先人たちとの出会いが大きいのですが、その話はまた改めて…。

移住の切掛は、、

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素朴で丁寧な生活がしたい…。
そう夫婦で思い5年が経ちました。
東京での生活は、なんでも手に入ります。
そして、サービス的にもお金さえ出せば、自分で考えることなく全て他人に任せてしまうことが出来てしまいます。
それは良くも悪くもあるのですが、私たちは、もっと自分達で考え、自分達で選択し、細かいところまで手を入れられる生活を選ぼうと思いました。
生活の仕方…を自分達で選択する日々が欲しかったのです。
簡単な話し、毎朝の満員電車での通勤時間を必要としない、、コンビニなどの出来合いのお惣菜を食卓に並べたくない、駅周辺や商店街の人混みから距離を置きたい…そういった日々の細々としたストレスを、なくすこと。そして、それを無くすにはどうすれば良いのか?
そして、無くすことで得られる時間や環境を、自分達に対して、どれだけ有意義な日々に置き換えることが出来るのか?という事を、えいやっと考えて実践しました。

ところが、そうは言っても現在に至るまで、本当に紆余曲折ありました。

今回は、住まいの事についてです。

何はなくても家族が身を寄せる環境が必要です。
すでに東京での生活では、猫が2匹と柴犬1匹が、生活を共にしていました。
ですので、犬や猫達と一緒に暮らせる戸建賃貸を探していたのですが、佐久市にも周辺地域にもこれがなかなかないんです。
結局マンションやアパートになってしまう。でも、それでは、私達が考える生活ではなく、、出来る限り戸建で、庭がキチンとあって、周囲の方々とコミュニケーションが図れる環境を探していました。

そこで、佐久市のホームページにある移住者用の<a href=”http://www.city.saku.nagano.jp/kanko/oidenanshi/&#8221; target=”_blank” title=”空き家バンク”>空き家バンク</a>に登録し、暇があるとチェックをしていたところ、たまたまペット可の戸建賃貸を見つけ、大慌てで連絡をし、実際に見にいくことにしたのが昨年の6月の事でした。
たまたまタイミング悪く、妻が体調を崩し、私ひとりで現地に伺いオーナーさんご夫婦とお会いしました。
住宅の周囲の環境は、青々とした稲を携えた田が広がりその向こうに浅間山を望むロケーションがとても印象的でした。
空が広く緑が多い…第一印象です。
即決でした。オーナーさんや周囲に住まう方々の人柄もありました。
翌々週に、妻子を連れて改めて現地に伺い、その場で契約となりました。
妻子は、初見→契約という流れでした。

ただ、完全に移住をするのは、翌年の3月…と決めていたので、その後9ヶ月間は、週末住居として活用する事になるのですが…。

佐久ライフ

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長野県佐久市に移住しそろそろ半年になります。
佐久での生活や自身の仕事の事など、ブログという場で、発信していかなければ、、と思いながら半年が過ぎ、、ようやく重い腰を上げて発信していく事にしました。
実は、昨年の6月から今年の3月までは、東京に住まいの重点を置き、佐久市の住居は、週末住居として使用しておりました。
戸建賃貸物件の契約を今年の4月からとしたかったのですが、なかなかそうも言っていられない状況もあり、昨年の6月に賃貸契約だけ済ませ、週末だけの佐久ライフを行ってきましたが、今年の3月12日に、晴れて家族そろっての佐久移住を決行し、現在に至ります。

現在家族は、佐久市に住まい、日々佐久市で生活をしているのですが、私だけ週の頭を東京や地方の出張に充てて週の後半を佐久市で過ごすという移動生活を行っております。
理由は、また別の機会に詳しく書きますが、私の仕事の性質上どうしても移動することが重要だと思ってのワガママから成るものです。
デザインという仕事をしている事、、対象が、建築や製品、地域や医療といった、その場所に伺って初めて成立するものであるという事。
実際に人と会い、現場の中で行う作業こそが「デザイン」であるという考えを元に、移動という非日常の経験こそがクリエイティビティにつながる…という考えで日々仕事を行っているので、どうしてもデスクに噛り付いて一箇所に止まれない…という理由が根本にあります。
パソコンの画面やスマホの画面を通してだけではない、実際の経験こそが最大のパフォーマンスにつながる事を信じ、日々西へ東へと走りながら、佐久市=帰る場所=家族というプラットフォームの生活を楽しんでいます。

長くなりましたが、このブログでは、そういった佐久市での生活、移住するまでの事、移住に関する事、移住後の生活に関して発信することで、同じように移住を夢見る方々のお役に立てればいいな…と思っています。
定期的な発信ではありませんが、楽しんでいただければ幸いです。