撮影と取材〜放送へ

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先月、NHK長野より、数日間のテレビ撮影と取材を受けました。
1998年の長野オリンピックから20年。
佐久平駅が開業して21年。
新幹線が開通し、オリンピックが開催されたことで、佐久や長野がどのように変わったか?
そんな番組の1コーナーとして佐久平駅と新幹線を日々活用している私に取材と撮影依頼を頂きました。

佐久市内や東京での打合せや移動風景、自宅での生活など5分程の放送らしいのですがご興味がある方は是非ご覧くださいませ。
長野県内での放送だそうですので東京では観られないそうです。
我が家にはテレビがありませんので、それ以前にリアルタイムで見ることはできませんが、、
ご覧いただき、ご意見などいただけると幸いです。

315日(木)18101900 NHK「イブニング信州」番組内

NHK長野放送局「イブニング信州」番組ホームページ
http://www4.nhk.or.jp/P2843/

 

物が環境を意識させる

IMG_43792018年、昨年蒔いた種が芽を出し始め、バタバタと2ヶ月が過ぎ、3ヶ月目もすでに10日目です。

医療とデザインという分野を横断し始めて早7年。
特に今年は、診療報酬の改定があり、益々医療が日々の生活と密着していきます。
そしてそれは、生活の仕方や、死生観をもキチンと意識し共有していくことがとても重要だと思っています。
その上で、住宅とは?日常の道具とは?学校や地域のコミュニティは?エネルギーや食は?高齢者対策は?全ての横軸をつないでいくのは、デザインだと考え、日々モヤモヤとしながら取り組んでいます。

私の大学院での研究が「物」と「環境」との関係性でした。
その間には「人」が収まることで成立する訳ですが、我々の身体感覚を通して、物が環境を成立させる、、意識させる。という事です。

物は、饒舌に所有者を語ります。

所有に至るプロセスや所有している物を見る事で、所有者自身を想像させてくれます。
アパートやマンションの扉は、皆同じでも扉を開けると、すべて違った借主の環境が垣間見られます。まさに所有している「物」達が環境を作り、その所有者の生活を通して所有者自身を表すのです。

今後の医療への取り組み、物と環境との関わりが、住環境や地域環境…生活自体を作っていく。。とても面白い時代に突入してきました。

ラジオ収録「カノンSound of Oasis」

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本日、佐久市市庁舎にて、ラジオ収録がありました。
「カノンSound of Oasis」 FMラジオの放送収録です。
東京のスタジオとの電話での収録。

放送は、9月16日(土)PM8:00~、私の出演は、PM8:20頃だそうです。

佐久市への移住の切掛けや、佐久市での生活。私の医療福祉デザインの仕事の事など、30分程お話しをさせていただきました。

とても楽しい30分で、アッと言う間にエンディングのリクエスト曲紹介でした。
放送は、10分程度との事です。

・MUSIC BIRD
http://musicbird.jp/cfm/program/#kanon

・カノンSound of Oasis
https://www.facebook.com/kanon.oasis/

・エフエム佐久平
http://www.fmsakudaira.co.jp

佐久市のデザイン事情

IMG_2201先日、有楽町の交通会館にて、佐久ライフセミナー&移住定住相談会がありました。
そこで、20分の講演と、そのあとの座談会に参加させていただきました。

皆様からのご質問で多かったのは、、
1、車の事(移動に関して)
2、冬の寒さ
3、保健施設に関して(老人保健施設など)
4、幼稚園や小学校(子供の育てやすさ)
5、ペットに関して

というところでした。
やはりご高齢のご夫婦の場合、東京では、奥様が運転をしてこられなかったという事が大きく、車移動がメインの佐久市では、どのように生活をしていったら良いのか?
というご心配が大きかったです。
現在の佐久市は、お世辞にも自動車免許を持たない方々にとって良い環境ではありません。
電車は、1時間に1本の小海線が小諸市と臼田地区を縦に結んでおりますが、望月地区などは、電車がありません。
また、バスですが、これも現在では、ほとんど使い物になっておりません。
10人乗り程度の電気仕様のワンボックスカーを、市内に走らせたらいいのになぁ、、なんていつも思うのですが、、。
そうすると、こんなバス停がデザインできるし、ワンボックスカーのデザインは、こうやって、、、なんてデザイナーとしては、夢が広がります。
現在市役所的に、バスの改革を今後検討しているようですが、いつ?どのように?、、なるかは、まだわかりません。

そんな中、先日、佐久商工会議所のアドバイザリーのお話をいただきました。
こういうところで、夢を形にしていく事がとても大切だと感じています。

なにより、佐久市は、建築系、製品系、医療系のデザイナーが、なかなか繋がらないというところがあります。
私は、移住して1年3ヶ月。その前の週末住居時期を数えると、既に2年が経ちました。しかし、、未だに佐久市内でのデザイン仕事がありません。
いえいえ、、何もしてこなかったわけではありません。無いところに仕事を作るのが私の強みでもあります。今までも、そのようにして仕事を作っていくのがデザイナーであると考えてこの12年動いてきました。しかし、なかなかつながらないのが、現在なのです。なので、通常のデザイナーが移住してきても、建築系、製品系、医療系のデザイン仕事を佐久市内で商っていく事は、ほぼ難しい事だと感じています。
デザイナーが移住したがらない街。。私の仲間内でも、そうなりつつあるのが現状です。

現在私は、東京のメーカーやクライアントさんより仕事とお金をいただき、佐久市へ税金を支払ってます。
今後、佐久市内で大きな街並み計画や製品開発が出てきた場合に、佐久市や佐久市のメーカーは、東京のデザイン事務所に依頼をし、多くのデザイン費を東京のデザイナーに支払い、税金を東京にバラまくという事を佐久市だけではなく、地場開発に前向きな地方の小さな都市は、余儀なくされてしまいます。
キチンと自分たちの市内のデザインの仕事を、自分たちの市内のデザイナーが請け、市内から頂いたお金に対して、市へ税金を支払う。。こういった正しい形が成り立つように、佐久市内に移住したデザイナーがキチンとした仕事が続いていくように日々奔走するのが今年の私の役割だと思ってます。

そして、これから地方へ移住を検討しているデザイナーにも、心から佐久市を奨められるようにしていく事、、これからとても大切だと思ってます。

佐久市の企業、特に中小企業の皆様には、デザインを知っていただき、デザインを武器に今後の新規販路開拓や自社のスキル、ノウハウをご活用いただければ、今後のより良い佐久市のまちづくりにも大きな一翼につながるとおもいます。
是非ご協力をお願いいたします。

子は、親の鏡なり

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日常を切り取り、分かり易い文章をサラっと書ける人を羨ましいと思うのです。
私は、小学校、中学校と文章を書く事がとても楽しく、また自画自賛ですが、漠然と「良い文章だなぁ、、などと思っていましたが、中学でも高校でも文章に対する評価は、全くと言っていいほど無く、それは、読書感想文しかり、読書も文章書きも好きだった私としては、とても寂しくも落胆な日々でした。
なぜ評価されないのだろう?こんなにも面白く書いているのに、、という日々を過ごしていたので、現在でも自分の文章に対しての自信と文章を書くことに対しての姿勢が及び腰なところもあり、ブログなども遅々とし進まんところがあるのです。言い訳ですが、、
論文や学会の抄録などは、そもそもの文章形態があるので書き易いのですが、これが日常の私生活や思うところを表現しようとすると、なかなか悩み、、何度も書き直したり、、結局書いたものの捨ててしまったりと、、。

幼い頃や思春期の出来事と言うものは、成人してからの日々にとても大きな影響を与えるものだと身を以て感じています。大学で学生たちに伝えるという仕事に従事して早13年。ダメなところを指摘するよりも、ダメなところに対していかに個性が表現されているか?良いところをいかに学生自身で理解し前向きに伸ばしていけるか?という事を考えるようになりました。自分の子供にもそのように向き合うよう心掛けています。
自分の子供というものは、本当に自分の分身のようで、ちょっとしたクセや性格の端が自分自身を見ているような気になることがあります。
子供を見ることで自分自身の短所や長所を再認識し、短所は、いかに個性として伸ばせるか?長所は、更に自信につなげて大きいものにシフトしていけるか?
日々自問自答です。

4歳の娘を見ていると、いつも感じるのは、、
子供が生まれると0歳。その時点で両親も親として0歳となります。子供の年齢と同じ年齢が親年齢として毎年、毎月、毎日流れていくのです。
日々色々なことを考えさせられ、勉強させられ、、共に成長できれば素敵だ〜などと、インフルエンザ明けのボーッとした頭で浅間山などを眺めながらほくそ笑んでいるのです。。

冬の佐久平

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冬の佐久平は、痛い、、そんな表現をご近所さんより教えられたのは、完全に移住する前の年でした。
当時は、週末だけ佐久平で過ごしていたのですが、それでも日々寒い、、という感覚がありました。

そして、昨年から今年にかけて、佐久平での冬の日常を味わいましたが、なんとも身体というものは、環境に慣れると言いますか、仕事で東京に移動すると、東京が暖かく感じられるくらいに佐久平の日々の痛いほどの寒さに慣れてしまったようなのです。

日本人は、屋根を支える柱梁と建具が構成する住まい環境の中で、内と外をつなげたり閉じたりしながら、30度程の気温変化の中で生活をしてきました。
それは、1年、12ヶ月の中で常に、気温変化に対し体が環境に適応しながらの生活でした。
だから、暑くなったら、風を通したり水をまいて身体の周りの温度を下げたり、食べ物によって身体を冷やす工夫をしてきました。
反対に、寒さに対しては、風を遮断し、四肢の元を温め、手のひらや足先を火に炙り暖を取る。そして、食べ物によって身体を冷やさない生活をしてました。
こういった生活のマイナス部分をプラスに転じる日々の工夫は、人々の身体を通して、知恵となり受け継がれ、変化する環境に対し、寄り添う事で、環境に慣れる身体作りが出来て来たのだと思います。

現代では、エアコンや高気密住宅が、年間を通して一定の快適環境を提供し、コンビニやマーケットが、食材から何でもそろえ、24時間サービス提供をしているので、特に何も工夫せずとも、年中何となく快適に過ごせてしまいます。
それは、自分で生きているのとはちょっと違って、作られた環境に生かされている日々だと思っていました。

佐久平に移住した理由のひとつに「四季がハッキリとしている」ということがありました。
ハッキリとした四季の中で、自然とどう対峙するか?どのように対応し生きていくか?こういったことが身体に心地よい負荷を与え、生きていく為の知識と、そこから生じる知恵を自身の身体を通して日々の生活を積み重ねていくことで、より表現の幅が広がるのではないか?という思いで過ごしています。
表現とは、自身の内部から生じ、内部の経験を元に判断、決断を行う事で、より独創的な今までにない伝達方法が形に成るものだと思っています。
ですから、絵画や彫刻、音楽や映画、文章やデザイン、建築でもそういった独創的な伝達方法の模索が、日々と直結しており、常に肌で感じ、自身の頭で考えること、、それを続ける日常こそが、今の僕の目標だと思ってます。
もちろん、日々様々な方々に出会い、会話をし、、いろいろな影響を受けることもとても大切です。
ですので、この佐久平のハッキリとした四季の環境と、東京と行き来出来る距離。偶然から手に入れた日々が本当に大切な毎日となっているのです。

ですので、冬の佐久平という環境は、夏以上に、大きな糧を与えてくれているのです。

夏の佐久市

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2017年が明けて10日間が過ぎました。そろそろ休みボケから脱し、仕事に取り掛からないといけない日々でございます。
昨年末からの年末年始は、娘が生まれてから初めての、家族一緒のんびりとした数日間を過ごせました。
初の冬の佐久平を過ごし、その事を書かなければならないのですが、冬を語るには、まず夏を語らないと始まらないことに気がつき、時期逆転の先ずは、「夏の佐久平」です。

夏の佐久平は、本当に過ごしやすく、我が家の周辺には、水田が広がり、蛙が大発生するので、おそらく、ボウフラの段階から蚊が根絶やしにされるのか、ひと夏で、蚊に遭遇したのは、なんと2回ほど。
ベープマットや蚊取り線香など東京から持ってきたアイテムも活躍する事なく納戸に仕舞ったままとなりました。
そして、浅間山、蓼科山を眺望する事ができる開けた地形に吹く風と、周囲の水田によってとても過ごしやすい環境が作られます。
気温は、佐久平駅周辺よりも1〜2度程涼しくなります。

ペット可の戸建賃貸物件、、
そんな物件が殆どない長野県で、奇跡的にも偶然に見つけた物件でしたので、即決でした。
我が家は、以前水田だった場所を農地転用し、12棟の庭付き戸建住宅が建設された集落の北東の一番端を賃借しました。
道路沿いの角地で、道行く人々が我が家の食卓から見えるので、窓越しにご挨拶など交わせるとても素敵な環境です。

この12棟には、東京からの移住者が我が家を含め4世帯。
東京からの別荘として週末に来られるご家族が1世帯。
ご夫婦で、東京と佐久平を毎日行き来されているご家族が1世帯。
元々長野県内にお住いのご家族が5世帯。
特に、東京からの方々に移住当初からお世話になり、その後もずっと仲良くしていただいております。
そんな移住組の方々は、我が家を除いてご高齢のご夫婦です。
お仕事を退職され、その後の人生を好きな事など行いながら佐久市で過ごされております。
一年を通して、本当に夏と冬が全く違ったライフスタイルになる環境なのだと感じることになるのは、このご高齢の方々によるモノが大きかったです。

夏場は、周囲の方々と本当に密にご一緒させていただきました。
畑や、菜園など日常の情報共有から、食材の交換、バーベキューなど含めて、とてもアクティブです。
バーベキューでは、車で20分ほどの田中駅付近にあるお肉屋さんに食材を買いに行きます。まとめて買うととても安く、しかもとても美味しいお肉が取り揃っています。

庭もそれぞれが塀などで囲われているわけではないので、とても緩やかに繋がっており、誰かがバーベキューをしていると、何となくお酒や食材を持って参加ができるような、、集落全体がひとつの家族のような繋がりが感じられます。

周囲は、心地よい風が緩やかに流れる、本当にのどかな夏場を過ごすことができました。
こんな状態が、5月末から9月末頃まで続くのです。
さて、正反対ながらも何とも味のある冬場の生活に関しては、また改めて。。